人を変えることはできない
20年以上前からの講演などで触れるようにしていることがあります。それは、人を変えることはできないという事実です。
よく質問で、「たくさんの人がいると必ずしも前向きな人ばかりではない、彼らをどう変えていけるのか」とか、「マネージャの意識を変えてもらわないと推進できないが」などいただきます。そういうときにお話しをさせていただく内容を書きたいなと思います。
ここで書いていることは私の実体験にもとづくものがベースですが、心理学者の講演会や、TV番組で得た知見も含まれます。
なぜ人を変えることはできないのか
人には防衛本能があります。自分を守る本能ですね。なので、自分が培ってきた経歴、経験、スキル、嗜好に抵触する変化を好まないわけです。
そもそも人には「根拠のある自信」と「根拠のない自信」が必要です。この二つの「自信」がないと生きてゆけません。
「根拠のある自信」は、自らの経験や努力、周囲の評価に基づきますから、ある程度の客観性があります。そこに対して第三者が唐突に異なる意見ややり方を持ち込もうとすると、「根拠」を揺るがす事態になると判断するものですから、その変化については「まず、反発」してしまいがちな訳です。
教育心理学に「確証バイアス」という言葉があり、私も講演で言及させていただいておりますが、うまくいったことや一般的に「常識」とか「定番」となっていることから抜け出せないことは多々あります。
「男性は重いものを持ってくれる」とか、「女性はおしとやかでなくてはならない」とかですね。「プロジェクトはこう進行しなければならない」「このツールを使うのが何よりもの成功の秘訣だ」とかもそうですよね。
「根拠のない自信」は、説明つきません。ロジカルではないけれどこれは本能的に必要です。安心材料でもありますから、他の安心材料を提示できれば良いのかもしれませんが、なんとも言えませんが、こういうものが人の中に生まれてきて、内在するのは事実です。
例えば、「講演当日1時間前に講演資料がタイトルスライドしかない」(今まさにw)なんて根拠のない自信がなければ耐えられません。
人は変化に対して防御するだけの理由を持ち合わせてしまっています。よほど違う次元で自信を、有していないかがりはどのような変化の提案であっても意に沿わない部分があればまずは、根拠なく「拒絶」したくなるものです。
「根拠のない自信」が低い人は、現場の問題に対する捉え方、受け方、考え方も「どうしてこうなったんだ」の一言の捉え方が、「= 責められている」となりがちです。私も昔そうでした。「根拠のない自信」が高い人は、「= 解決策を探そう」となります。前向きに捉える傾向があります。
よくわからないのであれば、「人を変えることはできない」「人を変えることはかなり大変」と思ってアプローチした方が建設的かもしれません。
人に変わってもらう二つの方法
「人を変えることはできない」としても、諦めるしか選択肢がないわけではありません。「変えようとするから変わらない」のであって、「変わりたい」と思えるように仕向けることはきっとできるはずです。
- 環境を耕す
- その人の得意なものを活かす
環境
ひとつのアプローチは、環境を整えるということです。言い方を変えると、「自分が変わることで、『場』を変える」のです。閉鎖的な環境をオープンな環境にする。小さな成功を称える。人を責めない。問題とチームで、現場で向き合う。などアプローチはあります。私が日頃お伝えしているチーム開発環境もそこがキモです。自動化が中心では見失ってしまう部分でもあります。
言い回しを工夫するだけでもいいのです。先述のように「責められている」と思ったらある意味思考は停止してしまいます。言い訳、やれない理由を考えることはあっても建設的な、前向きな思考には繋がりにくいです。
チーム環境を整えると、現状が浮き彫りになります。これは誰が悪いのではなく、事実と受け止めるべきです。そして、浮き彫りになった課題は、明確になって「ラッキー☆」と捉えるべきです。うまく行っている現場環境では、そう捉える傾向があります。うまく行っていない現場環境では、「自分たちをいかに守るか」「できない理由はどうするか」「どうレポートするか」「どう隠蔽するか」という思考になります。
いうなれば「根拠のない自信」のあるチームは強いです。思考がポジティブなので、先述のように課題は見つかったら改善すればよく「ラッキー☆」なのです。そこには、誰が悪いとか、誰のせいだという考えは少ないはずです。
人それぞれが「自分が変わりたい」と思うことが環境を整えるカギとなります。割れ窓理論もそうですね。綺麗な環境では、それが汚れたら誰かが気づきます。改善します。そもそも汚い、見えない環境であれば、ゴミを捨ててもバレない、自分だけがやっているわけではないという思考になります。「根拠のない自信」も「根拠のある自信」も見えなくなってきてしまいます。
エデュース
Eテレで放送されている『東北発 未来塾』という番組があります。そこで紹介されていた「地域づくり事業」で鹿児島県柳谷集落の自治会長をされている豊重さんの回がありました。現在はリンク先ページが削除されておりますが、アーカイブで視聴はできるかもしれません。代わりに豊重哲郎氏についてのページを紹介します。
集落全員参加のプロジェクトを成立させた方です。集落には、全員が協力的とは限りません。そんな中で、
「一番身近な半径10メートルの人といかにコミュニケーションをとれるか」
を発端にして、反目者や無視する人を巻き込んだキーワードが「エデュース」です。
その人その人の特性を分析して、その人の才能をタイミングよく引き出すことで、仲間の底上げをしながらスクラム組んで取り組んでいく環境を作ったお話です。
個人戦をやるな、総力戦で行け
ゴールデンルールとして掲げていたのが、
「全員に役割を与えて、総力戦で挑め」
です。
根拠のない自信がないと「自分の能力はここでは役に立たない」と思いがちです。そこでその人の能力を分析して、タイミングをみて自信に繋げてあげることができたら、「根拠のない自信」は「根拠のある自信」に転換するかもしれません。総力戦なので、その活躍はチームで共有されることになります。これを特定の人に実施するのではなく、全員が同じような体験を共有できれば強いチーム、強い現場になるわけですね。
定着するまでの期間
臨床心理学で著名な秋山邦久先生からも、先述の「環境」について講演で伺ったことがあります。その中ででてきていたポイントのひとつとして定着するまでの期間というのがありました。
「環境を整えてもすぐに効果があるわけではなく、一定期間は定着するのに必要です」(長沢の記憶による)
その期間がちょうど、
- 幼稚園児: 2週間〜1ヶ月
- 小・中学生: 3ヶ月
- 大学生: 半年
- 大人: 一年以上
が目安だとのことです(長沢の記憶による)。
ちょうど、学校の学期期間(小中高: 3学期制、大学: 前期後期制)と連動している感じです。実によくできているということですね。大人は定着するのにより時間がかかります。そこは忘れてはならないポイントではないでしょうか。
精神と時の部屋
定着に時間はかかるが手短なに成功を疑似体験することは可能です。ワークショップで体感することで『感情』の体験ができます。もちろん「技法の疑似体験」も貴重ですが、個人的には『感情の体験』が貴重であると感じています。成功体験も失敗体験も感情を伴います。またそれは「本番」ではないため気持ちに幾らかの余裕もあります。そこで得た無垢な感情は、根拠のある自信や根拠のない自信に影響を与えてくれるのではないでしょうか?
そこで「この人はこういうのが得意」とか「この人はこう言う考えなんだな」と知ることができるでしょう。
複雑な問題に対して従来の「正解」を強要しない
人がなかなか変われない要因のひとつとして、生活や仕事の状況が変わったことも挙げられるかもしれません。もしくは、生活や仕事の状況が変わったのみ関わらず、はっきりとしたやり方があったり、誰がやっても同じ結果になる前提で取り組んでいたとしたら、本来の能力を発揮できない人は、そのキャパシティ以上の能力も成果も望まなくなってしまうでしょう。
そのため、「その人にやってほしいこと」が正解があるものなのか、試行錯誤をするものなのかは目安として認識しておくとよいかもしれません。正解があるということはそれは「明確」であったり、「秩序がある」ということです。そこでは、「同じようなことをしたもらいたい」という願いがでてくるでしょう。
しかし、正解がない、正解かどうかがわからない、もしくは、何をやっても正解かもしれないということだと、それは「複雑」であり、あまり秩序がないことを示しているのかもしれません。そこでは、「同じようなことをしてもらう」ことはほとんどなく、自らが切り開く、試行錯誤していくことが求められます。すなわち「自発性」「自律」「当事者意識」です。
どちらにも言えるのですが、「変わってくれない」のは『人』ではなく、『あなた』や『あなたの組織』なのかもしれないのです。
そこで、ヒントとなるアプローチを2つ紹介します。
アジャイルのカタ
アジャイルのカタは、「トヨタのカタ」と「アジャイルマインドセット(※変化に対応するために小さく価値を向上させていく考え方)」であり、形式を重視する従来のアプローチではなく、「習慣」を定着させるアプローチです。特に、考え方を「科学的思考」として習慣化することを強く推奨しています。
基本的な科学的思考のステップは以下となり、これを小さなことから大きなことまで共通するパターン(カタ)とすることで、客観的に取り組めるようになります。
- 課題や方向性を理解する
- 現在の状態を把握する
- 目標となる状態を設定する
- 現在の状態(2)から目標となる状態(3)に向かって実験する
すなわち、誰かの主観に基づくアプローチから脱却することで、それぞれが持ち合わせている思考や行動様式を共有しやすくなり、また試行しやすくなるのです。これは環境を一新することでもあり、それぞれの知見が活かせるアプローチを短期間で体験できるものでもあります。
詳しくは、Agile Kata Proに日本語ページや、以前に書いた記事をご覧ください。
余談ですが、私は、Agile Kata Proの認定トレーナー(※日本人でただ一人)です。
EBM
EBM(エビデンスベースドマネジメント)は、複雑な問題に対するマネジメントアプローチです。マネジメントをアジャイルにすること(マネジメントアジャイル)とも言えるアプローチです。スクラムの生みの親の一人であるKen Schwaber氏によって考案され、彼が作ったグローバル団体であるScrum.orgで公開・更新されています。
EBMでは、以下の3つで構成されており、これらを相互観測することにより複雑な問題をマネジメントし、価値を向上させていきます。
- ゴール設定
戦略的ゴール、中間ゴール、即時戦術ゴール - 重要価値領域
市場価値(現在の価値、未実現の価値)、組織的な能力(市場に出すまでの時間、イノベーションの能力) - 実験のループ
仮説、計測、検査、適応
ゴールと綿密な計画を紐づけるのではなく、戦略とゴールを紐付けすることで、計画や予算に柔軟性を持たせることができるアプローチです。これにより、チームは自らがゴール(即時戦術ゴール)を設定し、そこに向かって実験を繰り返せる土壌ができあがります。これはモチベーション3.0で言われている「目的・自律・熟達」のサイクルが備わっている組織環境になることを意味しています。
ここでも鍵を握るポイントは、環境と定着化であることがわかりますね。
余談ですが、私は、Scrum.orgが認定するプロフェッショナルスクラムトレーナー(PST)でもあります(※日本人初でただ一人)。EBMの認定研修の講師を担当できるライセンスを保有しています。
エバンジェリズム
エバンジェリズムは、中長期で先読みをしています。また、私も直後の満足度なんて気にしておらず、半年後、一年後の行動、満足度を見据えて活動しているつもりです。いっときの満足度はいくらでも加工もコントロールもできます。でも、行動してもらうことは直接コントロールできないですし、しようとしてはいけません。1人の人から始まった行動が変化になり、環境を変えていき、変わりたいと思う人が1人また1人と増えていき、種火が本格的に燃えてくるのが半年後、一年後なのです。なので、私はそれまでじっくり待ちますし、種火が消えないようにする努力は惜しまずこれからもお手伝いできるところをやっていきたいと思います。
まとめ
簡単に人を変えることはとても難しいことですが、それはある意味では環境がそうさせただけかもしれません。したがって、「この人は変わらない」と諦めるのではなく、「人を活かせる環境になっていないのではないか?」と問い直してみることで、環境を改善すること、変化には時間がかかることから目を逸らさないようにすることが肝心ではないでしょうか。仮に短期間で変えることができたとしても付け焼き刃ではゆり戻しが起きて、かえって「変えられない人」を増やしてしまうこともありえます。
いくつか紹介したアプローチを参考にしていただき、皆さんの現場にあったアプローチを現場で実践しながら築いていただくきっかけとなれば幸いです。
本記事の執筆者:

長沢 智治 - アジャイルストラテジスト
- サーバントワークス株式会社 代表取締役
- プロフェッショナルスクラムトレーナー(PST) 《日本人初》
- Agile Kata Pro 認定トレーナー《日本人初》
- DASA 認定トレーナー(プロダクトマネジメント、DevOps)
認定トレーナー資格




『EBM実践ガイド』「プロフェッショナルアジャイルリーダー』『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など翻訳・監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。
Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。

