はじめに

以前にいくつかの記事で「アジャイルのカタ」を紹介しました:

「アジャイルのカタ(Agile Kata)」とは、Joe Krebsが考案したビジネスアジリティの実現と向上のためのアプローチです。また、これは、目新しいものではなく2001年の「アジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Menifesto)」から20年以上の実践で培ってきた知見から抽出された「本質」のひとつでもあります。古くて新しいといった表現がとてもしっくりくるものです。

また、「アジャイルのカタ」は、『トヨタのカタ』(マイク・ローザー 著)で知られる「改善のカタ」と「コーチングのカタ」から着想を得ています。日本のものづくりを研修し、マイク・ローザー氏、自ら実践していた中で生まれたこれらの「カタ」は、今では「科学的思考」というより一般的な言葉で語られることも多くなってきており、同氏も「科学的思考」に言及することが多くなってきています。

アジャイルのカタ(Agile Kata)の意義

さて、アジャイルにおいて、なぜ「アジャイルのカタ」が重要になってくるのかというと、アジャイルは20年以上にわたり実践され、実績もここで言及する必要がないくらい豊富にある反面、その成功が横展開されたり、組織単位、企業単位、ビジネス単位にまで広がった例は、スタートアップやテック企業が大半であるという事実もあります。

しかし、アジャイルの有効性は、伝統的な企業(※日本ではJTCという言葉もありますね)やデジタル発祥ではなく企業規模の大きな組織でも知れ渡っているものの、浸透し、効果を発揮している事例はそこまで多くはありません。

これには、多角的な視点でいくつもの理由があるので、ここでそれら全てを挙げることはできませんが、概ね以下が考えられるでしょう:

  • 大規模前提で取り組むので頓挫する
  • 最初から大きな事業規模でしか立ち上げられない制約がある
  • テイラー主義に代表される「誰でも同じ成果があげらる」仕組みが前提となる

言い方は悪いですが、「アジャイルをできない人、やる気のない人でもできるか?」とは、よく相談を受けるのはまさにその一端ではないでしょうか。アジャイルであろうとなかろうと、事業とはできない人はできるようになってもらわねばならないし、やる気のない人はそれなりのお仕事についてもらうしかないのではないのも事実ではないでしょうか。それを「アジャイル」に特化した課題と捉える必要はないでしょう。

アジャイルが推進されない理由

さて、上述した3つの要因の観点からアジャイル変革(ビジネスアジリティ)が上手くいかない理由を考えてみましょう。

  • 最初から結果ありきで企画しないと始められない
  • 一度に全てを解決しようとする
  • プロジェクト化してしまう

「最初から結果ありきで企画しないといけない」とは、何年後にどうなっているかを事前に事細かに企画しないといけないということです。これは概ね「3年間でスクラムマスターを200人育成する」のようなすごそうで、実際に中身がよくわからない目標設定につながってしまうことがあります。事業目標とのつながりが希薄でも詳細が示されていればそれっぽく見えるものになるということです。

アジャイルが活きる問題領域は「複雑」と呼ばれ、それは事前に詳細まで見通しが立たないということです。これは企画当初とその数年後の見通しだけをみており、現在進行形で起きている「現状」を軽視しているものになりがちです。

「一度に全てを解決しようとする」とは、現在の業務も進行しながら、アジャイルのトレーニングや支援も受けて、といったように既存のアプローチとアジャイルのアプローチを同時並行的に行ったり、十分な教育もせずにいきなり始めて、火の車になってから教育を受け始めるといったありがちな事態に陥るということです。

これは、一度に組織全体でアジャイルに取り組むとかも同様で、組織固有の特性、実際にやってみた知見が十分でないのに、勝算も闇雲に取り組み、途中で頓挫することを指します。

「プロジェクト化してしまう」とは、なんでもタスクフォースやプロジェクトとして扱うことを指します。プロジェクトとは、有期、予算制約、事前計画を前提としたものです。先に例に出した「3年間でスクラムマスターを200人育成する」が典型です。事業継続性、持続可能性を無視した一過性の取り組みになってしまう制約を始めから課していることになるのです。

アジャイル変革は、75%が失敗しているというデータ(Business Agility Report)があります。失敗のほとんどが恩恵を得られるまでに2年は必要であり、それに耐えられないといったものが挙げられているのです。これは先述した特性に見事に引っかかっていることを示しています。

反面、アジャイル変革が成功した25%は、「組織をアジャイルな文化へ移行する」を最大のチャレンジとして位置付け、小さく始めて、実績を積み、習慣化していっています。成功した組織は、T2M(市場に出すまでの時間)が短縮し、大半の従業員エンゲージメントが向上し、ほぼ全員がこのアジャイルな考え方や習慣を推奨するようになると言われています。

一言で行ってしまうと「ビジネスアジリティなのに、アジリティがない」がそもそも上手くいかない要因なのです。

もう一つ挙げるならば、経営陣、マネジメントがアジリティを前提としておらず、アジャイルを実践していないのも失敗要因として挙げられています。

アジャイルのカタの本質

アジャイルのカタは、非常にシンプルでそれだけを見たら誰も反対しないであろうアプローチを前提としています。

  1. 方向性や課題を明らかにする
  2. 現状を把握する
  3. 次の目標を決める
  4. 目標に向かって実行する

どのステップも否定する人はいませんし、これら一連の流れに対しても反対する人はほぼいません。

これは「改善のカタ」として知られているアプローチですが、これをあらゆる側面で実践するのが「アジャイルのカタ」の重要な本質のひとつです。

この「改善のカタ」とアジャイルな考え方を融合させ、変化していく状況下でこの誰も反対しないアプローチをカタとして習慣化されることで、自ずとアジャイルが実践できており、アジャイル変革(企業文化の改善)、ビジネスアジリティにつながるというのがアジャイルのカタの本質なのです。

本質であり、アジャイル宣言から20数年経ったからこそ行き着く「カタ」であるから解決できることがあり、個人的には日本の状況下においてこのアプローチは適切であり、適用範囲が広いと期待しています。

要するに、ダンスの基本ステップ、水泳の基本フォーム、サッカーの「蹴る、止める、運ぶ」と同様に基本のカタ(型・形)に着目するアプローチなのです。そのためには、やり方(やりカタ)を覚えなければなりません(『トヨタのカタ』ではこれを「スターターのカタ」と呼んでいます)。

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本年5月より日本でも Agile Kata Pro認定研修をスタートしました。日本人唯一の認定トレーナーによる日本語による研修です。

Agile Kata Pro 日本公式サイト

  • 認定研修の予定
    • 8月7日(木) 9:00-18:00 @ Zoom
    • 9月11日(木) 9:00-18:00 @ Zoom

本記事の執筆者:

長沢智治

長沢 智治 - アジャイルストラテジスト

  • サーバントワークス株式会社 代表取締役
  • Agile Kata Pro 認定トレーナー
  • DASA 認定トレーナー

認定トレーナー

DASAプロダクトマネジメント認定トレーナー
DASA DevOpsファンダメンタル認定トレーナー

認定試験合格

Professional Scrum with User Experience
PAL-EBM
Professional Scrum with Kanban
Professional Scrum Product Backlog Management Skills
Professional Scrum Facilitation Skills
Professional Product Discovery and Validation
Agile Kata Foundation
DASA Product Management
DASA DevOps Fundamentals

『プロフェッショナルアジャイルリーダー』、『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。

プロフィール