翻訳記事

本記事は、Professional Scrum Trainer (PST) のRalph Jochamさんによる「From Sprint to Vision: Balancing Strategy, Tactics, and Risk with the Product Goal」の翻訳です。翻訳・公開は、Ralphさんの許諾を得ています。誤字脱字・誤訳などありましたらぜひご指摘ください。

はじめに

複雑な環境で仕事をするとき、私たちは常に戦略戦術リスクという3つの要素のバランスをとり続けています。これらは、自然な三項関係を成しており、その相互作用を理解することで、反応的ではなく、経験的にプロダクトの舵取りができるようになります。

スクラムでは、この三項関係が次の3つのゴール1によって明示されています。

  • ビジョン(戦略レベル)
  • それぞれのスプリントゴール(戦術レベル)
  • プロダクトゴール(戦略と戦術をつなぐ橋渡し)

それぞれのゴールは、焦点の当て方、コミットメントの度合い、晒されるリスクの大きさが異なります。

ビジョン・戦略・戦術の三項関係図

三角形モデルの解説

三角形の頂点に位置するのが戦略であり、ここでビジョンを明らかにします。

ビジョンとは、創りたい世界と、実現したいアウトカムを描くものです。これは本質的にリスクが高く長期的な性質を持っています。そこへ至る道筋を予測することはできません。言わば、「その領域で勝負したい」という意志だけがある状態です。そしてそこへ近づく方法は、実験を重ねていくしかありません。

左下には戦術があり、ここがスプリントゴールの領域になります。

この領域では具体的な作業が行われ、実行可能で、計測可能な取り組みが進んでいきます。スプリントゴールは日々の判断を導き、不確実性を減らし、学びを生み出します。しかし、そのスコープも期間も限られているため、ビジョン全体を支えるには十分ではありません。

右下にはリスクがあります。あらゆる行動には、戦略的であれ、戦術的であれ、不確実性を伴います。ビジョンに近づくほどリスクが高まり、スプリントに近いところで活動するほどリスクは低くなります──ただし、その分、得られるインパクトも小さくなるのです。

これは常にトレードオフの関係なのです。

プロダクトゴール: 点と点をつなぐ存在

プロダクトゴールはちょうど中央に位置し、ビジョンスプリントゴールの間にある理想的なポイントになります。

それは、やり方を細かく規定することなく、進むべき方向性を提示するものです。

プロダクトゴールがないと、ビジョンとスプリントゴールの間が広がり過ぎてしまうのです。その結果、チームは大局観を失い、ただ機能を届けるだけのデリバリー装置(いわゆる、フィーチャーファクトリー)になってしまうか、あるいは抽象度の高い議論に流されて戦略の話に留まってしまうのです。

プロダクトゴールは、そのギャップをつなぐ役目をはたします。それによって、次のことが可能になります。

  • ビジョンという戦略的意図と、スプリントという戦術実行をつなぐこと
  • 計測可能なアウトカムを通じて、経験的に進めていくこと
  • 進むべき方向性を漸進的に検証することで、戦略的リスクを減らすこと
  • 複数のスプリントにわたって、整合性と集中を一致させること

要するに、プロダクトゴールはリスクが適切に抑えながら、各スプリントに明確な目的を与えてくれるのです。

三項関係を使って進める

  1. ビジョンから始める
    将来の姿を大胆でアウトカム志向のイメージとして描く。そこには不確実性が伴うことを受け入れる
  2. プロダクトゴールを設定する
    ビジョンを具体的に手の届く中間状態へと落とし込む。数年とかではなく、数ヶ月で達成可能で意欲的でありながらも実現性のある目標である
  3. スプリントゴールにコミットする
    各スプリントで、プロダクトゴールに向けて経験的に前進するためのインクリメントを提供し続ける

各スプリントでの検査と適応を通じて、不確実性が減り、戦略・戦術・リスクをリアルタイムで整合していきます。これこそが、経験主義が機能している状態なのです。

これが重要な理由

多くの組織は、戦術に寄りすぎるか、逆に戦略に寄りすぎる傾向があります。

  • 戦術に寄りすぎる:
    チームが「なぜこれをやるのか」を理解しないまま、チケットを追いかけるだけになってしまう
  • 戦略に寄りすぎる:
    リーダーが、現場のデリバリーと切り離れたビジョンを作り上げてしまう

スクラムは、ビジョン → プロダクトゴール → スプリントゴール という目的の連鎖により、バランスの取れた仕組みを提供しています。そしてこの仕組みは、戦略・戦術・リスクという三項関係の中に組み込まれています。

この仕組みにおいて、プロダクトゴールは安定装置(スタビライザー)の役目を果たします。戦略を誠実に保ち、戦術に意味を与え、リスクを見えるようにしてくれるのです。

著者について

Ralph Jochamは、effective agileの創設者であり、Scrum.orgのプロフェッショナルスクラムトレーナー2、ICF ACCコーチ、そして『プロフェッショナルプロダクトオーナー』の共著者です。また、Jeff Sutherland、John Colemanとともに、スクラムガイド拡張パック(scrumexpansion.org)を共同で執筆しています。

  1. 訳注: エビデンスベースドマネジメント(EBM)における「戦略的ゴール」「中間ゴール」「即時戦術ゴール」もイメージしやすい ↩︎
  2. 訳注: 彼は Agile Kata Pro 認定トレーナーでもある ↩︎

本記事の翻訳者:

長沢智治

長沢 智治 - アジャイルストラテジスト

  • サーバントワークス株式会社 代表取締役
  • Professional Scrum Trainer (PST) [日本人初]
  • Agile Kata Pro 認定トレーナー [日本人初]
  • DASA 認定トレーナー

認定トレーナー資格

Professional Scrum Trainer
Agile Kata Pro Certified Trainer
DASAプロダクトマネジメント認定トレーナーバッジ
DASA DevOps 認定トレーナーバッジ

『EBM実践ガイド』「プロフェッショナルアジャイルリーダー』『More Effective Agile』、『Adaptive Code』、『今すぐ実践!カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』、『アジャイルソフトウェアエンジアリング』など翻訳・監訳書多数。『Keynoteで魅せる「伝わる」プレゼンテーションテクニック』著者。

Regional Scrum Gathering Tokyo 2017, DevOpsDays Tokyo 2017, Developers Summit 2013 summer 基調講演。スクー講師。

プロフィール